ショートストーリー


 日常の中に隠れている非日常をショートストーリーとして綴って行きます。目に見えない世界も視点を変えれば、そこに存在していることに気付くのです。微細な変化を常に意識することで、意外と見えない世界は身近なところに溢れているかも知れません。

 ※ショートストーリーはあくまでフィクション(創作)です。


天変地異は自業自得? 第51話

 5月も終わろうとしている夜、家に帰ると梅雨入りを告げる精霊である蝸牛たちがリビングでくつろいでいる姿が目に飛び込んできた。「精霊:お帰りなさい、おじゃましています」と挨拶をした後、精霊たちは長旅の疲れを癒そうと、仮眠を取ろうとしているようだった。


 「お疲れのところ済みません、今年の梅雨はどうなんですか?」と尋ねてみると、精霊の中でもリーダーと思われる蝸牛が話し出した。「精霊:今年の梅雨入りは再来週頭頃になると思われますよ、大きく荒れることはありませんが、梅雨明けは7月中旬頃まで少し長めになりそうですね。」


 精霊の回答に少しホッとした反面、最近起こっている異常気象、早めの台風到来や火山噴火、大きめの地震等について、不安が過った。「梅雨は問題なくとも、天変地異はそう遠くない内に起こるのでは・・・」、取り越し苦労かもしれないが、精霊に訪ねてみたくなった。


 「精霊:人間は自然の流れにあらがいながら生きているので、もう少し流れに沿って生きられた方が良いと思いますよ。自然に則した生活、自然と共に生きると云った思いが大切です。人間が在って、自然が在るのでは無い点を認識して下さいね。あらがい続ければ、取り返しのつかない結末が待っていますよ。」


 自業自得、そんな言葉が頭に浮かんだ。天変地異は人間の自然へのあらがいの結果なんだと、その結末は火を見るより明らかである。自然に則した生活、共に生きることの大切さ、精霊との出会いはいつも何かを気付かせてくれる。

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梅雨入り宣言異常あり! 第50話

 いつもならもう彼らがやって来てもおかしくない時節なのに、未だ姿を現さない。もしかしたら留守の間に通り過ぎてしまったのだろうか?それとも訪問ルートが変更になって今年から来なくなったのだろうか?

 

 毎年現れる梅雨を告げる精霊の蝸牛を見ることができないのは、それはそれで良いことなんだけど、ちょっと残念でもあり、さびしい気持ちにもなる。昨日、ニュースで奄美地方が梅雨入りしたと云っていた。

 

 もう今年は来ないのだろうと諦めかけていると、テレパシーのような形で梅雨を告げる精霊が話しかけてきた。「精霊:ご無沙汰しております」、今年は梅雨入りを告げに来られないのですか?「精霊:今はお話しできません」、何か異常なことが起こっているのですか?「精霊:秘密です」、関東地方の梅雨入りは何時ごろになりますか?「精霊:・・・」、回答が無いまま通信は終わった。

 

 何かが起こっているのだろうと云うことは感じ取れる。それが何なのかは分からないが、今年の梅雨から夏にかけては天候に注意が必要になるのだろう。あぶないと思ったらすぐに逃げることが肝心だ。でも、ひょっこり梅雨を告げる精霊が何事もなかったように顔を出すかもしれない。そうなることを願うしか今はできない。

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前触れのニオイ 第49回

 雨が降る前に香る土のニオイ、春から夏に変わる際の風のニオイ、ニオイはいつだって、何かの前触れを知らせてくれる。人にもそれぞれニオイって奴が存在する。それは個性といっても良い。雰囲気が醸し出しているのかも知れないし、俗に言うオーラの類かも知れない。

 

 ここで言うニオイは、本当のニオイではない。ニオイのようなモノであって、第六感で感じるモノだからだ。たとえば顔見知りのニオイは人混みでも嗅ぎ分けられる。鼻の奥を刺激するなにやら隠微な心地よいニオイ。彼女が近くに居るようだ。「おはよう」やっぱり彼女だった。

 

 いつからだろうか、ニオイを感じるようになったのは?気が付いたらわかるようになっていた。説明はできない。でも悪くない能力だと自分は思っている。一種の自己防衛能力の一つなのだろう。

 

 自分にとって嫌なニオイがする場所には近寄らない。あくまでも自分にとっては嫌なニオイでも他人には良いニオイかも知れない。そんなことはどうでもよい。とにかく嫌なニオイを感じると経験的にロクナコトガ起こらないのは分かっているからだ。

 

 いずれにしろ、ニオイは何かの前触れを告げるモノであることは間違いない。「?!」とても良いニオイが漂ってくる。「ぐぅ~」腹が鳴った。もう昼飯の時間かぁ。ニオイは時計代わりにもなるみたいだ。

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小さなオヤジ再び 第48話

小さいスペースだけど、自分にとってはお気に入りの場所、休みの日は読書をしたり、インターネットで情報収集を楽しむ。いつものようにその部屋で読書をしていると突然、棚に飾ってあるチョロQが「シャー」と言う音とを立て床に転げ落ちてきた。何年も動かずそこにあったチョロQである。

 

「何だろう?突然動き出すなんて」、暫くしてまた、違う場所にあるチョロQが突然動き出した。「シャー、コロコロコロ」、たまたまにしては気持ち悪い。なにモノかが悪戯をしているかのようだ。こうなると読書よりもチョロQの動きが気になって仕方がない。意識をチョロQに張り巡らせる。今度は全く動かない。心を見透かされているようだ。読書に集中している振りをしてみてが、それでも動かない。もう諦めかけた時だった。

 

「シャー」と棚の上のチョロQが突然動き始めた。「あっ!」何かがチョロQの後ろに、目を凝らしてよーく見ると以前、お婆ちゃんの部屋で宴会をしていたオヤジ姿の小人が立っていた。「やっべぇ、人間に見られた」、小人はそう云うと棚から飛び降り、何処かへ煙のごとく消え去ってしまった。それから小人は見掛けない。無邪気に遊ぶ小人の姿が印象的だった。また遊びにおいで、そう心の中でつぶやいた。

 

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黒い球体アラワル! 第47話

気分転換も兼ねて部屋の片付けをした日の事です。軽い気持ちで始めた片付けだったけど、けっこう捨てるものが多いのに驚いた。中でも雑誌や本を紐で縛り、ゴミの収集場所に持って行くだけでもかなりの重労働、明日は筋肉痛と考え、夜は湯船に浸かり、早めに就寝を心がけた。

 

朝方だっただろうか、布団の中でバチバチと静電気が異常発生し、驚いて目が覚めた。「普段は静電気なんて起こらないのに・・・」、何か不自然な事象が起こっている?疑念と共に、見慣れぬ物体が天井に浮かんでいるのに目が留まった。天井にはゴルフボールくらいの黒い球体が、等間隔に沢山並んでいるのが見える。「何だろう?」、寝ぼけ眼をこすりながら何度も見直したが、黒い球体は消えずに目の前に存在する。「これは夢じゃない」、一瞬、気が動転し、パニックに陥りそうになったが、意外にも恐怖心は湧きあがって来なかった。

 

黒い球体は音も光も発せず、動き回るわけでもなく、天井に等間隔に並んでいるだけだった。部屋の明るさに目が慣れてくると、壁にも黒い球体が並んでいるのが分かった。この部屋は黒い球体で囲まれている。布団の中では継続的に静電気がバチバチと音を立てている。「この静電気は黒い球体が起こしているのだろうか?」、黒い球体を観察してみたけど得られる情報は何もなかった。ただ直観的に危険ではないと云うことだけは分かる。

 

安堵感からか、再び寝入ってしまい、次に目を開けた時には、黒い球体は何処にも見当たらなかった。「あれぇ?体が軽い」、昨日の片付け疲れがウソのように消えている。もしかしてあの黒い球体、電気マッサージをしてくれたのかも知れない。「あの静電気・・・」、ちょっと不思議な体験でした。

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台風の落し物と謎の少女 第46話

  大きな被害をもたらした台風が去った後、空は何事もなかった如く晴れ渡っていた。人通りの少ない細い裏道を歩いていると、小さな女の子が水たまりを覗き込みながら黄色い傘の先で何かを突ついているのが見えた。

 

何を突ついているのだろう?水たまりの中で黒い塊の様なモノが蠢くのが見える。ナマズ?それとも・・・、この世のモノではないことは直ぐにわかった。黒く蠢く塊は一見すると小さなシャチのような黒光りした流線型のボディを有している。

 

「キュッ、キュッ」と鳴き声の様な音が頭の中に直接聞響いてくる。次の瞬間、「私は台風の精霊です」と云う声が聞こえてきた。「台風の精霊?」、台風の精霊が何でこんな水たまりに居るのだろうか?不思議に思っていると、台風の精霊が「あやまって地上に落ちてしまったんです。どうにか空に帰りたいんです!」と助けを求めてきたのです。助けると云ってもどうやって助ければよいのか見当もつかない。


「これは困ったなぁ」と思案していると、小さな女の子が突然、水たまりを物凄い勢いでかき混ぜ始めたのです。すると水たまりの水が空に向かって竜巻のように舞い上がって行き、台風の精霊は空に舞い上がって行きました。一瞬何が起こったのか分からなかったのですが、人通りの少ない細い裏道から小さな女の子の姿も精霊の姿も居なくなっていました。

 

台風の精霊だけでなく、あの少女もこの世の存在ではなかったようです。あの少女はいったい何者だったんでしょうか?精霊を助ける別の精霊?兎にも角にも助かって良かった。自分には何もできなかったんだから、目出たし、目出たし。

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消しても、消しても、消せない情報 第45話

 20年前、システムエンジニアをやっていた頃の話です。確かあれは、某カード会社のデータベース構築プロジェクトで、お客様の顧客情報を処理するプログラムのチェックをしている時に起こったことです。

 

 カチャ、カチャカチャ、ピッ、「あれぇ?この顧客情報ってこの間、削除したんじゃなかったっけ」、どれどれ、カチャ、カチャカチャ、カチャ、カチャ、ピッ、「本当だぁ、先週削除した履歴が残っている」、どこかの処理で消したデータを復活させている可能性が考えられるから、関係のありそうなプログラムを追っかけて、原因を調べておいてくれる、頼むよ。

 

 1週間後、頼んでおいた例の復活データの件について、担当者に聞いてみると信じられない報告があがってきた。「あれから、顧客情報を一旦削除してみて、その後の流れを追っかけてみたんですが、復活させるようなプログラムはどこにも見当たらなかったんです。でも、消しても、消しても、その顧客情報は次の日には復活して来るんです。気になって、その顧客情報を調べてみると、信じられないかも知れませんが、3年前にすでに亡くなっている方の情報でした・・・」

 

 

 すでに亡くなっている方の顧客情報がなぜ復活して来るのか、原因は未だに不明のままである。あれから20年が経ち、あの消えない情報は今、どうなっているのだろうか、まだあのデータベースの中に存在しているに違いない。何せ、消しても、消しても、消せない情報なのだから。

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今年の梅雨は何回も来る? 第44話

 外出先から戻ると何か鼻を衝くような異様な臭いが部屋を満たしているのに気が付いた。すべての部屋の窓を開け、換気をしてもその臭いは全く消えない。この臭いは何処から臭っているのだろうか?臭いの発生源を探して回っても何処にも見当たらない。

 

 そんな時、突然、「お世話になっております」とハッキリとした声で誰かが背後から話しかけてきた。ハッとして振り向いてみても誰も居ない。その声はどこか聞き覚えのある声だった。

 

 「もっと下、下の方を見てください」、声の方に視線を向けるとサッカーボールくらいの大きさの蝸牛が床に佇んでいた。「あれぇ?」あなたは梅雨の到来を告げる精霊ですよね。確か5月に一度、知らせに来たと思うのですが・・・

 

 精霊が云うには、今年の梅雨はちょっと変わっていて、梅雨のような状態が何回か繰り返されるというのです。今回は第二陣のお知らせとのこと、この後、第三陣、四陣、五陣と待機しているそうです。

 

 そんなに梅雨が何回もやって来るのでは、家の中もジメジメするだろうから、カビや食中毒に注意しなければなるまい。除湿や換気を怠らないようにしながら快適に過ごす準備をしておこう。精霊たちも何度も出陣しなければならないので大変かも知れないけど、あの異臭を何とかしてもらいたいものだ。せめてフローラルの香りにするなどの改善を求む。

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梅雨の到来を告げる精霊 第43話

 毎年、梅雨の到来を告げる精霊たちがやって来るのがこの時期である。いつもだと生臭さに部屋が満たされてから気が付くのだが、今年は少し様子が違う。一匹の蝸牛が部屋の中を隅々まで何かを調べるように這いずり回っている。もちろんこの蝸牛は精霊なので普通の人には見えないことは言うまでもない。

 

 一匹で来ていること自体が普段とは違う展開なのである。蝸牛に話を聞いてみると、今年は巡回ルートの環境が大きく変わってしまっているので、先遣隊が調査をし、その情報をもとに本陣がやって来るまでに万全の対策を立てると云うのだ。足早に先遣隊が調査を終え帰っていくと、翌日には別働隊がやって来て、人の部屋の中に青葉の種を蒔いて帰って行った。

 

 青葉は蝸牛の大好物らしい。それにしても何故、我が家が青葉畑にならなければならないのか、何故、精霊たちの巡回ルートに我が家が指定されているのか、以前から聞いてみたかったのだが、聞いたところで巡回ルートを変更してくれそうもないので、聞くだけ無駄である。むしろ、季節の風物詩として楽しんだ方が、前向きに違いない。

 

 

 そうそう、本陣はいつごろやって来るのか?と尋ねたところ、あと4日後にやって来るよって、蝸牛は教えてくれた。そのころには青葉も食べごろになっているのだろう。

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カネノナルキ、ルアネ 第42話

 出張先で出会ったカネノナルキは、ベンケイソウ科クラッスラ属の多肉植物、花月または、黄金花月とも呼ばれている観葉植物だ。訪問先の会社では肉厚な葉を沢山茂らせた鉢植えがズラリと並んでいる。以前からひと株分けてもらう約束をしていたのだが、中々そのチャンスは訪れず、カネノナルキを見る度に、「また今度ね」と頭の中でつぶやいていた。

 

 突然その機会はやってきた。並んでいるカネノナルキの中から何となく手に取った枝を分けてもらい、折れないよう大切に家に持ち帰った。家に帰るとすぐに花瓶に射し換え、根が生えるまでしばらくは水耕栽培し、根が生えたら鉢に植え替えてあげようと考えていると、「お願いします」と何処からか声がした様な気がした。

 

 10日ほど経って、根が生えてきたかどうか確認すると小さな白い突起物の様なものが数ヶ所アタマを出していた。カネノナルキも生きているんだなぁと実感していると、「お陰様です」とまた声がした。

 

 次に呼び名をどうするか、考えていると、「カネ子なんて呼ばないでくださいね」とカネノナルキがつぶやいた。どうやら考えていることが分かるらしい。「ルネ」そう呼んで欲しいみたいだ。確かに「ルアネ」と呼びかけるとうれしそうにしている様に見える。植物にも意思があることは分かっていたが、頭の中で考えていることまで分るなんて、これはこれで驚きだが、同時に戸惑いを感じた。

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小さな宇宙船? 第41話

 

冬の銭湯は天井が見えなくなるほど湯けむりが立ち上り、まるで雲の中に居るような錯覚を得る。湯船に肩まで浸かり両足を伸ばす。「フゥ~」想わず声が出る。しばし立ち込める湯けむりをとりとめもなく眺めていると、朧に光る発光体が右に左に不規則に揺れ動いていることに気が付いた。

 

 蛍光灯の灯りだろうか?それにしても不規則に揺れ動くはずがない。かすかだが音も鳴っている「うぉん、うぉん、うぉん」、まさか宇宙船?それにしても小さすぎる。目の錯覚かも知れないと何度も目を擦ってみたものの、小さな宇宙船らしき発光体は湯煙の中をゆらゆらと漂っている。

 

 次の瞬間、脱衣所の扉が開き、人と共に、冷たい風が勢いよく流れ込んで来て、湯けむりは掻き消され、それと同時に発光体も何処にも見当たらなくなっていた。目の錯覚などではない、確かに小さな宇宙船らしき物体が浮遊していたのだ。もしあれが宇宙船なら、小さな宇宙人が乗っていたのだろうか?裸の人間が大勢で湯船に浸かる場所など宇宙人から見たら物珍しい光景だったに違いない。次に来たときはただ見学するだけでなく湯船にも浸かって行ってもらいたいものだ。 

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太陽がくれた元気 第40話

 天気予報では午後から大荒れと云っていた。外に出ると案の定、どんよりとした曇が空一面を覆っている。今日は午後から客先で報告会だ、天気予報のように荒れなければ良いのだが、なんだか不安が頭を過る。

 

 電車に乗り、客先に向かって移動を始めた頃、雨がポツリポツリと降ってきた。客先まで持ってくれればと思っていたのだが、電車に揺られながら車窓から見える雨で濡れた班目なビル群を眺めながら報告会がうまくいくことを空に願った。

 

 この信号を渡って正面のビルが目的の場所だ、赤信号を待っている僅かな時間にも不安が募り、胸から胃に掛けてキリキリと痛む。「報告会、延期にならないかなぁ」そんな弱音を吐いた次の瞬間、雲間から太陽が顔を出し、暖かな強烈な陽射しが全身を包み込んだ。「太陽が元気くれた」そう思うと不安は解消され、報告会は無事終了できた。偶然太陽が現れたのだろうか、いや、きっと見かねて元気をくれたのだろう。 

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異常な食欲の原因とは 第39話

ここ一週間ほど、食べても、食べても空腹感が満たされない状態が続き、一回の食事の量もさることながら間食も増え、その結果、体重も大変なことに。この異常な食欲の原因は何だろう?食欲の秋だから?それとも病気?自分の意思以外の何かが、干渉しているような気がしてならなかった。

 

思い当たる事と言えば、確か一週間ほど前の昼休み、狛犬神社の前を通り掛かった際、両肩が少し重くなった事ぐらいだ。あの神社の狛犬には昼飯を食べられたり、掃除をさせられたりと悪い記憶しかない。まさかと想うが、あの狛犬達がまた何かやらかしてくれたのではなかろうか。そう想うと、無性に腹ただしくなってしかたがない。

 

急いで狛犬神社にやって来ると、本殿にある御神鏡が目に飛び込んで来た。直感的に、「これは使える!」と想い、すぐに御神鏡を覗き込むと、やはり両肩に何かが乗っている。「やばい、見つかった!」と叫び、狛犬達は一目散に逃げ出し、謝罪の一言もない。その後、食欲は元に戻ったが、増えた体重は中々もとには戻らない。狛犬達には悪気はないのかも知れないが、一言、「ごめんなさい」と言って欲しかった。

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狛犬の集会に遭遇 第38話

 いつもの喫茶店の窓際の席で絶品ナポリタンを頬張りながら表通りを眺めていると、先程から白い犬が何匹も何匹も狛犬神社に入って行くのが目に止まった。「神社で何かやっている」、そう直感した。急いでナポリタンを流し込み神社へ向うと境内は狛犬達で埋め尽くされていた。「凄い数だなぁ」

 

 「第512回関東狛犬集会を始める!」、少し大柄な狛犬が宣言すると集会が始まった。司会進行の狛犬が議題を提示すると次から次へと意見が挙がる。「皆で地面を押さえつける」「地面の下に潜ってプレートの歪をゆっくり戻す」等など、どうやら地震がテーマらしい。「近いうちに地震でも起こるのだろうか?」、彼らの真剣なやり取りに少し不安を覚えた。

 

 狛犬ならではの発想力、自由奔放さが興味を引いた。白熱した議論も終り、狛犬達は地震に対する対策を取りまとめ、意気揚々と帰って行った。狛犬達の集会に遭遇するなんて、めったにないこと、その不思議な光景に時の経つのも忘れ、その余韻に浸っていると、遠くで聞こえる何かのサイレンの音で我に返った。時刻は13:30を回っている。足早に神社を後にした。

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これって偶然?それとも 第37話

 新宿二丁目交差点近くのコーヒーチェーン店で時間つぶしをしている。アイスコーヒー1杯で1時間ほど粘らなければならない。かなり大きな額縁の専門店、文具や画材など品揃えは豊富だ、額縁の中に入れるマットのオーダーカットもしてもらえる。「出来上がりは18時40分になります」、たかがマットをカットするだけなのに、1時間も掛るとは想定外だった。

 

 アイスコーヒーを飲み、窓の外を眺めていると、吉祥寺で19時に彼女と待ち合せしていることを想い出した。マットを回収してからでは間に合わない。とりあえず遅れる事を連絡しようとカバンの中の携帯電話を取り出したその時、「ブルッブルッ」とメールの着信が。

 

 「ゴメン、急用が入った、今日はキャンセルね」、彼女からの断りのメールだった。以前にも何度かこんな場面があった事を想い出す。昔から自分に都合が悪くなったとき、相手の方から日程の変更を言ってくることが多い。これって偶然なのだろうか?それとも・・・、悪運があるだけなんだろうか、18時40分、無事マットを受け取り、家路に着いた。

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手を叩く音に救われる 第33話

 プレゼン時間は60分、時間配分については何度も事前に打合せをして、会社概要は5分、分析事例を10分、後は客先から課題を聞き出す為に45分と決めていた。会議室に通され、中に入ると会議室は満席状態、想定外の人数に圧倒されつつプレゼンは始まった。

 「それでは、本日はお忙しい中お集まり頂き…」「我が社の強みは…」開始から10分が過ぎてもまだ会社概要が終らない。緊張のあまりペース配分がめちゃくちゃに、これではいけないと焦れば焦るほど緊張が増す。その時、左の方から誰かが手を叩く大きな音が二度「パン、パン」と鳴った。

 鳴る筈のない音にびっくりし、我に帰る。それまでの緊張が嘘のように解け無事プレゼンは終わる事が出来た。あの音は何だったのか?音について周りの人に聞いてみても誰も聞いてないと云う。幻聴だったのだろうか、それとも…。いずれにしろあの音に救われたのは事実であり、とても感謝している。

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湯煙と不思議なシルエット 第32話

湯けむりの立ち込める雪景色の露天風呂はとても幻想的だ。シンシンと降る雪は辺りの喧騒を吸収し、静寂を提供してくれる。旅館の食事はとても美味しく、地元で採れた食材達がハーモニーを奏でている。あれだけの量がお腹に無理なく収まったのには驚きだった。食後は旅館周辺を散策し裏手にある古ぼけた社に不思議な感覚を覚えた。

 

 折角の機会、寝る前にもう一度露天風呂に入ってから寝ようと露天風呂に向かった。さすがに深夜の2時過ぎともなると誰も入っていないようだ。湯船に浸かり、ぼーっとしていると、誰かがこちらにやって来る気配がし、とっさに岩陰に身を潜めた。

 

すると湯煙の向こうには、ふさふさした大きな尻尾のようなシルエットが左右に揺れているのが見えた。「あっ!」さっきの社って「・・・」、温泉には色んなエネルギーがあふれている。入浴するのは人間だけとは限らない。誰かというのはあえて秘密にしておこう。

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見えない協力者 第31話

頭で考えていても結果が出ない時がある。何度も何度も最悪な場面が脳裏を過る。解決策が無いか考えながら、無意識にコーヒーカップに手を伸ばす。香ばしいかおりが鼻孔を刺激し暫し、思考から解放される。

 

「ふぅうー」一呼吸おいてからまた解決策の見えない迷宮に挑む。何度も繰り返すうちに時間だけが過ぎ去り、半ば諦め掛けて居た時、「ドサッ!」と本棚の方から何かが落ちる音がした。

 

表紙を上にして開いた状態で一冊の本が床に落ちて居た。書棚に戻そうと手に取ると、その開いた頁に解決策が書かれていたのだ。でも「考え抜いたからこそそれが答えだと理解できたのだが…」それにしても誰があの本を床に落としたのだろうか?今でも謎である。

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木枯らし一号 第30話

ここのところ朝晩はめっきり寒くなった。もうソロソロ衣替えをしなければと思いつつ、日頃の忙しさにかまけてまだ出来ていない。せっかくの休日はゆっくりとしていたいからだ。

午後になって、暖かな陽射しが窓から差し込み、急に外に出掛けてみたくなった。「やっぱりちょっと外は寒いなぁ」、カーディガンの一枚でも羽織れば良かったと後悔しながら近くの公園に向かった。

 

紅葉迄にはまだ早い、イチョウ並木を横目に公園に向かってゆっくりと歩いていると、突然、身体ごと吹き飛ばされそうな突風に見舞われ、無意識に飛ばされまいと前傾姿勢で踏ん張っていた。踏ん張れば踏ん張るほど風の抵抗は強まり、身体を押し戻そうとする。「これって木枯らし一号?」

 

 次の瞬間、風の抵抗が急に無くなり、まるで身体の中を風が通り抜けてゆく感覚、細胞の一つ一つに風が触れ、少しこそばゆい感じだが、風と一体化し、風からのメッセージが身体の隅ずみに行き渡るのを感じた。「今年の冬は厳しい寒さになるよ」、そう聞こえたような気がする。「そうだ、早く帰って衣替えをしよう」と心の中でつぶやいた。

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冷めたコーヒー 第29話

 新幹線での移動中、ウトウト寝ていたが、中年太りのだらけた筋肉では、さすがに体を支えきれなくなり、腰のあたりに鈍い痛みが走って目が覚めた。ちょうど通路側を車内販売が通ったので、眠気覚ましに熱めのコーヒーを購入、もちろんブラックである。車窓から見る外の景色は、灯り一つない暗闇が広がっているだけだった。その暗闇を眺めていると、なぜか宇宙空間を彷徨っているような不思議な感覚に囚われていく、すると何処からともなく誰かの会話が飛び込んできた。

 

 「この物質世界は、非常に強固に出来ているように見えるけど、常に揺らいでいるんだって、揺らぎがあるからこそ、物質世界はいつでも自由に組替えることが出来るんだとか、宇宙意識が言っていたらしい。」「それってどう言うこと?」「物質とは細かい光子のようなもので構成されていて、光子と光子が弱い力で引き付け合うことで物質化が起こっているんだって」「へー、細かい光子の塊が物質なんだ」「そのつなぎ目に宇宙意識の想いをぶつけると、物質は一度バラけて、また再構成されるらしい。」「それって、想い次第で、誰でも変わることが出来るってこと?」「この物質世界は、まだまだ進化する可能性を秘めていると宇宙意識は言っていたよ。」

 

 車窓の外を見ていたのは、ほんの一瞬だったはずだが、あれから1時間も経過していた。買ったコーヒーはすっかり冷え、到着駅のアナウンスに慌てて荷物を持って列車を降りた 

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過去の自分に感謝 第28話

 今日は何だか体の疲れがひどく、早めに寝ることに、床に入るとすぐに瞼が重くなり、目を閉じると夢の世界へと吸い込まれるように誘われた。気が付くと眼前には、オムニバス映画を見ているような断片的な映像が広がっている。その映像のひとつ1つはどこか懐かしさを感じさせるものであった。

 

時には腰に刀を差し、足早に東海道を西に向かって旅している商人だったり、中世時代のナイト(剣士)で色々な国を転々としていたり、またヨーロッパのある国では金髪でブルーの瞳の女性だったりと、記憶の断片が何かのピースのように散りばめられている。いずれの登場人物もすべて自分であると瞬時に理解できるのである。

 

「これって前世の記憶?」、次から次ぎへと心地よい映像が流れて行く、いつの間にか深い眠りの中に入っていくのが分かる。深い眠りにつけばつくほど遠い過去世が展開されるのだ。次の日の朝、深い眠りから覚めると懐かしさだけが残っていた。体の疲れもすっかりとれ、清々しい気持ちで満たされている。そして過去の自分に「お疲れ様」と話し掛けたくなった。

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シグナル? 第27話

突然の訃報、父親が死んだと電話の向こうから静かに告げられた。「何かの冗談だろ!?」、お盆で帰省した時はあんなに元気そうだったのに、「・・・」、急な展開に思考がついて行かない。現実を受け入れるまでに数日を要した。死因は、「大動脈の破裂」だった。検死官の話しによると親父は苦しまずに帰れたようだ。「よかった」

 

葬儀の手配、お通夜、お葬式、初七日、あっという間に過ぎていった。そして多勢の人に見送られ、父親もさぞかし嬉しかっただろう。葬儀の二日間は晴天に恵まれた。爽快な青空が広がり、親父を天国へと誘っているようだった。「72年間お疲れ様、そしてありがとう!」

 

その後、父親が死に至るまでの数ヶ月間の話しを同居していた家族から聞いているうちに、あるシグナルに気が付いたのだ。今年の元旦に亡くなった祖母の葬儀は8日(土)、9日(日)だった。そして、最近では足の調子が悪いため外出は控えていた父親が珍しく近所のお寺にしだれ桜を見たいと出掛け、死ぬ前の週に、兄の仕事で検死を行う建物の屋根の修理を行ったと言っていた。その数日後に父親がその検死場に運ばれることに・・・。父親の葬儀は祖母と同じ斎場で8日(土)、9日(日)で行われ、葬儀のお坊さんは、しだれ桜を見に行ったお寺のお坊さんだった。いずれも偶然のようで全てが繋がっている。まるでシグナルのように。

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狛犬の頼み事 第26話

いつもの喫茶店でランチを食べながら窓越しに通りを眺めていると、狛犬神社の鳥居から1匹の白い犬がこちらに向かって走って来るのが見えた。「あれ!」、以前にもこんなシーンを見たような気がする…。

 

「おい、お前!」、突然、誰も座っていないはずの座席の方から声が聴こえてきた!「この前はナポリタン旨かったよ!」、小柄で白い犬が眼前に座っている。「あっ!」、以前ナポリタンを食い逃げした犬だな、「ナポリタン返せよ!」、狛犬はそんな事お構いなしに話し始めた。「お前さんに頼みがあるんじゃ」、狛犬は一方的に頼み事を告げると煙りのごとく消え失せた。

 

白昼夢でないことを確認する意味でも、狛犬神社の狛犬の前に行ってみることにした。「へ~ぇ!」、さっき現れた狛犬が言っていた通り、頭の上がカラスの糞まみれに、「これは大変!」、用意してきたペトボトルの水とタワシでキレイにすると、狛犬の顔が喜んでいるように見えたのだ。「有難う!」、またしても幻聴が聴こえた。そうだ、また困ったことがあれば何時でも言ってきなぁ、でもナポリタンは無で頼むよ。

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おやすみ、シシリー 第25話

今日は久しぶりに仕事を早めに切り上げ帰宅できることになった。そう言えばベランダにはアマリリスのシシリーが居るが、花を咲かせるまでには、ひと月はまだ掛るだろう。少し華やかさが欲しいと思い、帰りに花屋へ寄り道しようと電車に揺られながら考えていた。確か駅前の商店街には花屋が2、3軒あったはず、何かしら気に入る植物が置いてあるに違いない。

 

一軒目の花屋の店頭には色鮮やかな花達が並び人目を引こうと一生懸命微笑みかけていた。「誰か私の家に来たい花はいますか?」、誰も返事を返して来ない。二軒目も同じだった。諦めかけて三軒目を訪れたとき、風に揺られてなのか、まるで手を振って呼んでいるように見えた、小柄ながら大きな花を咲かせた向日葵がそこに佇んでいた。「オレを連れてってくれ!」

 

ベランダにはアマリリスのシシリーと向日葵が仲良さそうに並んでいる。「シシリー、新しい仲間が増えたよ、風太って言うんだって、良かったね!」、「…」、シシリーは何も答えない。「!?」、夜も21時を回っている、どうやらシシリーは眠っているようだ!植物も眠るってことに驚きながら、シシリーも明日になれば新しい仲間の風太に驚くに違いない!「おやすみ、シシリー!」

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隙間と異次元 第24話

一瞬ドアの隙間の向こう側に不思議な光景が見えたような気がした。この手の事は昔から良くある事で、普段は余り気にしないようにしているのだが、今回ばかりはそうは言っていられない!それはシャワーを浴びるため、脱衣所で服を脱いでいるときに起こった。洗面台には大きな鏡があり、背後の引き戸が少し開いている様子が鏡越に映っていた。

 

「隙間が少し開いている?」、一旦気にし始めると背中に意識が集中してしまう。ズボンを脱ごうと片足を上げ、前屈みになった姿勢の時、お尻に何かがぶつかったのだ。「ハッ!」としてとっさに振り返ると眼前には明らかに我われ人間とは違う容姿の生物が・・・こちらを振り向いていた。お互い目と目があったその瞬間、「○×△☆」何語か分らない言葉を発し、隙間の向こう側へと謎の生物は走り去っていった。

 

背丈は120cmぐらい、色白で鼻と耳と腕が長い人型の生物だ!「妖怪?」「妖精?」とにかく謎の生物に違いない。あの隙間の向こう側には何があると言うのか、「異次元?」、慌てて引き戸を引き開けるといつもと変わらぬ廊下がそこにはあった。「可笑しいな?」、確かに不思議な光景が見えていたはずなのに何処へ行ってしまったのだろう。ドアや廊下は異次元へと繋がる通路になると何かで聞いたことがある。「隙間と異次元」、昔から気になっていたことが可視化された瞬間かもしれない。

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タンポポ達のつぶやき 第23話

休日のとある昼下がり、街中を散歩中の出来事である。周りを見渡すと小さな草花がけっこう咲いていることに気付く、普段はあまり気にせず通り過ぎていた風景、電信柱の下や建物の脇など、意外と多種多様な草花が生えているものだ。

こんなアスファルトで埋め尽くされたコンクリートジャングルでも彼らは懸命に生きていることに少し感動を覚えた。その中でも複数の黄色い花を咲かせ、ギザギザ緑の葉っぱが可愛い花があった。それはひときわ目を引く「タンポポ」の花だった。

 

しばらく立ち止まってタンポポ達を眺めていると、風に揺られて隣同士が微かにぶつかり合っている。「おい!お前、そこに立つな!」、「お日様が当たらなくなるだろ!」、誰かに怒られた。「暇なのか?」、「見せ物じゃねぇ!」、「とっとと消えな!」、ずいぶんと口の悪い話し声が聞こえてくる。「スミマセン、彼らも悪気があって言っている訳ではありません。お気を悪くしないでくださいね」、そうかと思うと謝る声が・・・。

 

「!?」、目の前にはタンポポ達しかいない。「まさかタンポポの花がしゃべる訳がない!」、驚きとは別に心の中を心地よい風が吹き抜ける。タンポポ達の会話はとても爽やかな気持ちにしてくれる。しばらくタンポポ達の会話に耳を傾け、その後タンポポ達にサヨナラを告げて都会の喧騒に帰って行った。たまには散歩も良いものだ。今度はどんな草花と出逢えるだろうか。

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これって引き寄せの法則? 第22話

客先にて朝一番の打合せがあるため、上司と新宿駅西口改札前にて待ち合わせをしていた。「まだ朝の7時20分だというのに、この人通りの多さは異常だなぁ」、都会の喧騒の中にその身を置いてみて初めて気付く事もある。改札前の通路を行き交う人の姿は、まるでアリの行進のように一指乱れず移動している。何だか不思議な光景に想えて、しばらくの間、喧騒を忘れて見入っていた。

 

いい中年のオヤジがニヤケタ顔をして佇んでいる姿は、はたから見たら滑稽に映っていたに違いない。その時、「おはよう」と挨拶をしながら待ち合わせ場所に上司がやって来た。「何か良いことでもあったのか?」、ニヤケタ顔を見られたようだ。「いえ別に」と会話を受け流し、客先へ向かうための出口の場所を探し始めた

 

「!?この感覚は」、人混みの中に視線を向けると、昔、仕事でお世話になったNG電機の課長さんの姿が、「あの節はお世話になりました・・・」、とっさに声を掛ける。お互い急いでいたせいもあって、連絡先を交換してその場は別れた。後日、NG電機の課長さんから連絡があり、新規の仕事を受注できたのだ。課長曰く、「あの日ちょうど、あなたの事を想い出していたところ、突然、声を掛けられたんだよね」、これって偶然?必然?以心伝心?もしかして引き寄せの法則なのだろうか。

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空に浮かぶ謎の門 第21話

あの存在に気が付いたのは確か幼少のころだったと思う。突然のスコールに行き交う人々は軒下を目指して慌ただしく迷走していた。「凄い雨だね、でも通り雨だから直ぐやむよ」、10分もすると雲間から明かりが差し込んで来て、瞬く間に青空が広がっていった。私は小さな視線で空に浮かんでいる大きな不思議な物体を眺めていたのだ。

 

「あれはいったい何だろう?」、大きく煌びやかで、立派な造りの扉のようなものがあり、その奥からは、牛車や馬車がしきりに出たり入ったりしていた。客車側には、人が乗っていて、少し古めかしい容姿をしていたことを覚えしている。「そう、あれは何かの門に違いない!」、幼いながらもその雄大さに目を奪われ、しばらく眺めていたことを今でも時々想い出す。

 

「お空に大きな門が在ったよ!」、大人達は誰も信じてくれなかった。それから毎年その門は空に現れては消えてを繰り返し30年以上経っても無くなる事はなかった。今ならあの門の意味が理解できる。「今年もお盆の時期がやって来た!」、上空には霊界門がその姿を現している。

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暗闇を裂く閃光 第20話

その夜は何故だか眠りに付けず悶々と時間だけが過ぎて行くばかりだった。いつもと何かが違う気がして、頭が勝手に思考を繰り返している。「最近は地震も多いし大きな地震が来たら…」、などと不毛な妄想の迷宮に入り込んでしまっている。目を閉じていても頭は起きている。「眠ろう、眠ろう、明日は会社もあるし」、焦れば焦るほど眠れない。隣では彼女が気持ちよさそうな寝息を立てている。「くっそう!」

 

その時、何かの視線を感じて壁際の棚に飾ってある高さ30cmはある両手を胸の前でファイティングポーズを取っているウルトラマンのソフビ人形に目をやった。「!!」、ウルトラマンがこちらを睨みつけている。その形相はもはやニセウルトラマンの様に目がつり上がり、眼光は赤黒く光っている。「うっ!身体が動かない、金縛りか!?」、人形は、不気味な笑みを浮かべて何やら動きはじめた。

 

ソフビで出来ているウルトラマンの人形には可動するパーツは無い、なのに胸の前にある両手が見る見るうちに交差していくのが分かった。「これって、もしかしてあの・・・」、次の瞬間、スペシウム光線を放って来たのだ。「うわぁ!!」、思考はプツリと途切れ気が付くと朝になっていた。「夢!?」、いや、「あれは確かにウルトラマンが」、昨夜の出来事を彼女に話すと、「夢だよ夢!」と一蹴された。棚の上のウルトラマンは何も無かったかのごとく、こちらを見下ろしていた。

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サボテンの子供たち 第19話

 友人の引越しの手伝いをしたとき、彼と出逢った。それは、どっしりとまん丸い、貫録のあるサボテン!?だった。引越しを手伝ったお礼の代わりに彼を譲り受けたのだが、余り世話もせずベランダにただ放置していたのである。初夏の頃、部屋の中から窓越しにベランダに目をやると、奇妙なモノが目に飛び込んできた。どっしりとまん丸く、貫録があったあのサボテンが、少し歪にしおれ、さらに、何か小さな丸いモノを沢山、その身に宿していた、「これって、サボテンの子供?」

 

素人ながら、サボテンの子供たちを別の鉢に植え替えてあげなければ可哀そうだと想った。その瞬間、ビジョンが見えてきた。サボテンの子供たちが何やら言いたいことがあるらしい、「植え替えをするならカラーサンドにしてくれ」、「容器は透明なブルーのガラスにしてくれ」、「カラーサンドの色は一色ではなくカラフルにボーダーラインにしろ」、注文の多いサボテンの子供たちだった!

 

言われた通り、植え替えをしたところ、彼らはご満悦そうに、イキイキと輝いて見えた。ところが三日もたたないうちにまた不満を言い出したのだ。水はけが考えていたのと違ったらしく今度は、「素焼きの鉢にしてくれ」、「土は前の鉢の時のようにしてくれ」、云々と、次から次へと注文が続き、最終的には、彼らは一人残らず、枯れ果ててしまったのだ。「いったい何だったんだろう?」、でも振り回されるだけ振り回されたけど、彼らと過ごした時間はとても楽しかった。

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草木も闘っている? 第18話

天気の良い昼下がり近くの公園で昼寝でもしようと立ち寄った時の出来事である。公園中央に芝生を敷き詰めた一角があり、“中に入るな!”という立札が、でも昼寝をするには最適な場所だ。「どっこいしょっと」、芝生に寝転がり、ポカポカとした初夏の日差しを受けながら、直ぐにウトウトと夢の中へ・・・。

 

どこまでも続く草原が広がっている。とても気持ちの良い処だ。「こんな自然の中で暮らせたらきっと幸せだろうなぁ」、背後に気配を感じ振り向くと、初老の老人が立っていた。「あれぇ?どこかでお逢いしましたよね?」、初老の老人は一言、「ない!」と言い切った。いぶかしさは残るものの彼の話しに耳を傾ける。

 

「自然は常に変化している。ひ弱そうに見える草木でさえも生き残るために必死で闘っておるのじゃ!」、そう話すと頭の中に何かのビジョンを送って来た。時間を早送りした映像が映し出され、草木もみな必死で戦っている。まるで領土の奪い合いだ。負けた草木は養分として吸収されて逝く、弱肉強食の世界。「草木も闘っている」、自然の厳しさを少し垣間見た気がして夢から目が覚めた。でも以前、銭湯であったあの老人がなぜ夢の中に?もしかして、仙人?何か不思議な縁を感じた。

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何ものかの所業 第17話

お盆の時期に経験した祖父母の家での恐怖体験、いまでも脳裏に焼きついている。あれは確か大学1年の盆入りの日、家に入る前、祖父に“迎え火”の上をまたぐよう言われた瞬間から始まった。「何やら妙な胸騒ぎがする!」、子供の頃から感じていた感覚、「何かが居る!この辺りには…」

 

1日目の夜、テレビの上のコケシが「カタッカタッ」と音を立て動き出した。2日目の夜、家の外壁を誰かが外から叩く音が「バンバンバン」と鳴り響いた。「イタズラか?」、外には誰も居ない。こんな状況下でも便意はやって来るものだ。最悪なことにトイレは家の外にあった。「恐い、でも行かないと・・・」、恐る恐る用をたしていると「ドン、ドン」誰かが叩く、「誰だ!」、返事がない。怪奇な現象は段々エスカレートしていっているようだ。3日目の夜、真夜中に拍子木を打つ音が遠くから近付いてくる。入口の前でそれは鳴り止んだ。「体が動かない、金縛り?」

 

4日目の夜は迎えることはなかった。余りの恐ろしさに田舎から逃げ帰ったからだ!あれは何だったのだろうか?あのまま残って居たらどうなっていたのだろうか?あの家は今では他人の手に渡り、立て替えられたとか、うわさでは家が完成したその日に、家主が突然死したらしい、「そうかぁ、あの時、逃げていなければ・・・」と言いかけ言葉を呑み込んだ。

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小さなオヤジ達の宴会 第16話

深夜2時ごろ隣の部屋から微かに聞こえてくる物音で目が覚めた。「何の音だろう?」、壁に耳をあてって隣の様子を伺って観る。確かに人の話し声や何かを叩く音、歌が聞こえてくる。「飲んで歌ってドンチャン、ドンチャン」、まるで宴会でもやっているようだ。いつもはお婆ちゃんが寝ている部屋だが、今日明日とショートステイで不在であり、誰も居るはずがないのである。

 

恐る恐るドアの隙間から隣の部屋を覗いてみることにした。気になって眠れないからだ!すると、年格好は50代後半、中年太りのサラリーマン風の小さなオヤジ達がベッドの上でドンチャン騒ぎの宴会をしているではないか、その数7、8人!びっくりして想わず声が出そうに、「!!」、すると小人達は、「人間に気付かれたヤベェ、逃げろ!」と叫び、あわてて四方八方へと逃げ惑い、やがて煙のごとく消えていった。

 

「あれが噂の小人?本当に中年オヤジだったなぁ」、一瞬の出来事だったので、狐につままれたような気分だった。あれから小人達の姿は見かけていない。人目を避けてきっと何処かで宴会をしているに違いない。また逢えたらその時は一緒に酒を酌み交わしたいものだ。

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地球の遥か上空で 第15話

夕食後はリビングのストレスレスチェアに身を委ねてテレビを見ることが多い。いつもだと15分もすればウトウトしてきて、気が付くと居眠りをしている。今日は、普段とは違いその日の出来事を彼女と話していた。「不思議な人を見掛けたんだよね」、彼女は目を輝かせながら尋ねた、「えっ!それってどんな人?」、想い出そうと記憶をたどる。「うーん…」

 

次の瞬間、目の前の景色が一変し、まるでSF映画のような世界が広がっていた。足下には青く輝く地球、大きな窓の外には宇宙船が3隻浮かんでいる。「ここってまさか?宇宙船の中!」、驚きの展開、「きっと夢だ!」、頬をつねる。「ほ~ら、痛たくな・・・、痛ったたた!夢じゃない」、異常事態、何が起こっているのか?でも何故だか懐かしさを感じる空間でもある。「お帰りなさい」目の前に人が立っていた。「あっ!あの時の不思議な人!」

 

気が付くとリビングのイスの上、どうやら彼女が不思議な人のことを尋ねる少し前に戻ったようだ。「えっ!それってどんな人?」、彼女が先ほどと同じ口調で尋ねてきた。ちょっとふざけ気味に、「宇宙人かなぁ」と応えると彼女は、「冗談でしょ」と言って笑っていた。でも地球の遥か上空では地球人の行動を彼らはいつでも監視しているのかもしれない。

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ワタシハ、シシリー 第14話

確か1年ほど前に花屋の店頭で、大きな蕾をつけたアマリリスの鉢植えを見かけた。大きな花を阿修羅像の様に咲かす花だ。今はもうベランダの片隅に追いやられている。この手の花は旬が過ぎると枯れてしまう事が多く、なかなか連続して咲かすことが難しいと聞く。

 

小春日和のある日、ベランダを掃除していると「ワタシハココニイマス、ワタシハココニイマス」、かすかだが人の話し声が聴こえて来る。声の方を探してみても誰も居ない。「おかしいな?気のせいかな?」、するとまた、「ワタシハココニイマス」、やはり聴こえる。それはベランダの隅にあるビニール袋の中からだった。

 

「ワタシハ、シシリー、キヅイテクレテ、アリガトウ」、アマリリスが話し掛けてきたのだ!良く見ると新芽が伸びており枯れてはいない。半年以上も水もあげていないのになんという生命力だろう。ビニールの中だったため、寒さから守られていたようだ。今では毎年夏が来るころには大きな花を誇らしげに咲かせるようになった。草花も生きている。小さな命に感動する。

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見知らぬ自分 第13話

けたたましい音に驚いて目が覚める。「何にごと?」記憶があやふやだ、「確か昨晩は接待でしこたま地酒を呑まされたような?…」、記憶が断片的で思い出せない。「うぅっ、頭が痛い、二日酔いか」、熱目のシャワーで体を目覚めさせる。「今日の打合せが午後からで良かった」、時計に目をやると、もう朝の9時半。

 

ホテルのフロントでは、チェクアウトの為に行列が出来ていた。「おはようございます。昨日はどうも!」、振り返ると見知らぬ人が立っている。「あのぅ・・・、昨日はいろいろとアドバイスを頂き、ありがとうございました。」、どうやら、酔っていた間にまた、見知らぬ自分が勝手にやったようだ。「とりあえず、迷惑を掛けていないようで助かった」、昔から、お酒を飲みすぎると見知らぬ自分が目を覚ます。

 

 多重人格症とは違う、見知らぬ自分、潜在意識の一部らしい。自我が解放されると出てくるようだ。

 最近、その頻度が多くなって来ている。自我が解放されやすい環境に世の中が変わってきたのだろうか?「いや、ただ飲み会の回数が増えただけ?」のような気もする。見知らぬ自分は誰もが内に秘めている「もう一人の自分」、その解放の時を待っている。そう遠くないうちに誰にでも分かる時がやってくる。「ほら、そこまで来ているよ」。

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無意識なつぶやき 第12話

自宅でテレビをみている時、よく独り言をいっていると彼女から指摘を受けたのだ。第三者から言われて初めて気付くこともある。「まさか自分が独り言をいっているなんて」、にわかには信じられないでいた。

 

テレビのニュース、ある町で小さな子供が連れ去られたと母親が泣きながら我が子の身を案じている映像が流れていた。「犯人はこの母親、子供はもう生きていないと想う」、無意識につぶやいたのだ。「いま言った事って本当?」、彼女は驚いて聞いてきた、「分からない、何となくそう想っただけ」とその場は答えた。

 

その後、連れ去り事件は警察の捜査が進み犯人が逮捕されたとテレビのニュースで言っていた。犯人は実の母親で、子供は近くの山林へ埋めたと自供したのである。やっぱり犯人は実の母親だったのだ、無意識のつぶやきが現実となる。彼女が思わず口にした、「不思議な力だね」、第六感?超能力? これまで無縁の世界の話しだと想っていたこと、戸惑う自分、何かが変わった瞬間だった。

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梅雨入り宣言 第11話

小春日和の昼下がり、向かいの家の塀の上で気持ちよさそうに寝ている猫がいる。「良いなぁ~猫って」、携帯電話で想わず写真を「パシャリ」と撮った。余りに寝顔が愛くるしかったからだ。

 

休日の1日目はのんびりと過ごしていることが多い。今日も陽が高くなるまで中々ベッドから出ることが出来ず、気がつくとすでに昼過ぎだった。「たまには外食でもしよう」、あてもなく家を出た。

先程撮った写真を携帯の待ち受け画面にしようと思い画像を探してみると、そこには変なモノが写っていた。「何だろう!?」、よ~く観ると猫の手前に可なり大きな何か変なモノが列をなして写っていたのだ!「カタツムリ?」

 

猫の前にこんなカタツムリは居なかったはず、慌てて2、3回目をこすり、もう一度眼を凝らして眺めてみた。「やはり写っている!」、その時突然、頭の中で「梅雨入りするよ!もう直ぐ梅雨入りだよ!」と誰かが囁いた。

それから数日後、気象庁は梅雨入りを宣言した。「あれは何かの使いの化身だったのだろうか?」、また来年会ってみたい、心の中でつぶやいた。

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俺がレーサー? 第10話

週末に計画していた温泉旅行の当日、雲一つない晴天に恵まれ順調な滑り出しだった。「きっと良い旅行になる」、そんな想いで少し気持ちがウキウキしていた。出発から1時間半ほど北へ向かうと辺りはすっかり緑豊かな山道だ、新鮮な空気が車中を通り抜けてゆく、「気持ちが良いね!」、助手席の彼女に向って話しかける。「あっ!ごめん、ちょっと寝ちゃった」、彼女は照れくさそうに両手で顔を覆った。「あと少しで温泉に着くよ」

 

少しペースを上げるためにアクセルを踏み込む、「うっ!」、前方を何かが横切る気配がした。思わずブレーキを踏み込む「キッキィキィー!!」、車は地面との摩擦力を失い、ガードレールへ引き寄せられて行く、その先は崖、「もうダメだぁ!死ぬ!」、意識が途切れた。

 

あの瞬間の記憶がない。温泉に浸かりながら彼女から聞いた話を想いだす。「私もこれで終わりと思ったのよ。でもあなたは突然ハンドルをガードレールの方向へ切り、瞬時にブレーキからアクセルへ踏み込んでいる足を切替え、ドリフトしながら危機を回避したの、まるでレーサーみたいだったわ!」、彼女は少し興奮気味に話してくれた。「オレがレーサー?有り得ない」でも不思議な力が働いた事は否めない。温泉に癒やされながら、生きていることに心より感謝した。

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御仁と眉間のシワ 第9話

何故だか分からないが、先ほどから眉間にシワを寄せた御仁がこっちを睨んでいる。自分がこの店に入った時には、他の客は誰も居なかったはずだが・・・。彼はいつから居たのだろうか?なぜ眉間にシワを寄せているのだろうか?気にはなる。「マスター、ブレンドコーヒー!」、携帯でメールのチェックをしながら、午後の仕事の段取りを考えていた。

 

「そう言えば」、新企画のプレゼンのとき、取引先の部長さんからは、とても前向きな姿勢を感じられていたのだが、昨日の打合せでは、少し様子が変だったような気がしてならない。ふと顔を上げると、先ほどからこちらを睨んでいる御仁と目が合った。「ん!!」、確か、取引先の部長さんも一瞬だが、あの御仁と同じように眉間にシワを寄せていたことを想いだす。再び顔を上げると、御仁の姿はどこにも見当たらなかった。「消えた!?」

 

後日、胸のうちを取引先の部長さんにぶつけてみると、ライバル企業との相見積が発覚したのだ。危なく新規プロジェクトをライバル企業へ持って行かれるところだった。今から想うと、「喫茶店で睨んでいたあの御仁は、この事を分かっていて、自分に気付かせようとしていたのではないか?」、不思議な体験だった。

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サヨウナラ紫陽花 第8話

じめじめとした梅雨の季節が近づいて来ると、決まって想い出すことがある。むかし住んでいたアパートの向側の家の庭先に、少し大きめの葉を茂らせ、花は小ぶり、色はアオ紫の紫陽花のことを。

 

 ある朝、突然それは始まった、「おはようゴザイマス」、優しげな女性の声で後ろから挨拶されたのだ。振り向いて見たが誰も居ない。「気のせいか」、次の日も、また次の日も、声が聞こえる。

「まさかあの紫陽花が話しかけて来ているのか?」、すると、「やっと、気づいてクレマシタネ」、紫陽花が話しかけて来たのだ。「!!」、驚きで声も出ない。

 

 紫陽花との会話は何年か続き、すっかりと打ち解けたある日、「いまマデ、楽しかったデス、有難うゴザイマシタ」、まるでもう逢えなくなるようなセリフ、胸騒ぎがした。

 会社が終わり夜アパートに帰ると紫陽花の木が根元から伐採され、無くなっていた事に気付く。胸騒ぎは当たっていた。「ちゃんとサヨナラを言えなかった」、今でもこの季節が近づくと想い出す。「サヨウナラ、紫陽花」、また会う日まで。

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遠い日の記憶 第7話

客先との打合せまでにはまだ時間がある。「この辺りも随分と変わったなぁ」、駅前の再開発の影響で区画整理され、今では洒落た雰囲気の街並みになっている。久しぶりに辺りを散策してみたくなった。大通りから一本入ると閑静な住宅が広がる。住宅街の中央には緑豊かな公園、そこに一際目立つ大きな銀杏の木がそびえ立っている。

 

「でかいなぁ、樹齢何年ぐらいだろうか?」、下から上を見上げると、さらにその木の大きさに圧倒される。この季節、銀杏の木には一枚の葉っぱもなく、少し寂しげであったが、落葉は絨毯のように木の下に広がっていた。銀杏の木を背もたれ代わりにその絨毯に腰を下ろす。なんだか急にうとうとと眠気がさして来た。

 

 辺りは銀杏並木が連なり、青々とした葉っぱが茂っている。心地よい風がそよそよと吹いていて、とても心が落ち着く、「こんなに気持ちの良い所があったんだぁ」、空気も清々しく、空も高い、懐かしい気持ちで心が満たされて行く。

「プ、プゥー!」、クラクションの音で目が覚める。いつの間にか眠っていたようだ、まだ5分と経っていない、夢にしてはとてもリアルだった。「これって、銀杏の木の遠い記憶?」、いや、何かを伝えたかったのかもしれない。

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ありがとう自分 第6話

いつもと違って今日は大事な日だ!時間をかけて準備して来たプレゼン資料、角からすみまで再度見返す。間違いがあったらただ事では済まない。

3ヶ月前、社長に呼びだされ、ビックプロジェクトを任されてしまった。「我が社の命運が掛かっている」、とんでもないことだ、入社10年目にしての大役。

 

 「オレに出来るだろうか?」弱気な自分と、「大丈夫、オレなら出来る」強気な自分がいる。でも何故だか分からないが「自分には出来る」と想えてくるのだ。なんの根拠も確証もないのに、このプロジェクトは成功すると・・・。

 

プレゼンまであと3ヶ月、不思議なことに適材適所の人材が集まる。会社の命運を担うプロジェクト、何かに導かれるように事が成してゆく。奇跡が起ころうとしている。目に見えない何者かの協力があるかのようだ。「大丈夫、必ず成功する」、何者からの声援が心に響く。

 

プレゼン当日、奇跡は起こった。その後、プロジェクトは大成功し、会社は見事V字回復を遂げたのだ。あの時の声は誰だったのか、今でも時々考える。あれは自分自身の心の声だったのかもしれない。「ありがとう自分」。

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桜島からの一言 第5話

鹿児島への出張、長距離は久しぶりとあって半ば観光気分。地酒やら珍味をスマホで検索していた。しかし、そんな気分は客先で吹っ飛んだ。いい結果どころか宿題と見通しへの甘さを指摘された。

 

鹿児島湾から桜島フェリーに乗り込み、フェリーの中だけで食べることの出来るうどんを食べる。「これはうまい」、もう目の前には雄大な桜島が見えている。今月は噴火の回数が多いらしい、「桜島も生きているんだなぁ」。

先ほど客先から言われた嫌味な一言を思い出す。気分転換のつもりでフェリーに乗ったつもりだったが、山頂にも行きたくなった。

 

「お前さんは何でおいに登る?」、突然、頭の中に言葉が浮かんで来た。「元気を分けて貰おうと思って」、言葉を返した。すると今度は、「人間は悪か想いばかり置いていくから不愉快だ」、「今度きなさっときはよか気持ちで来てくんやん」、「そしたら雄大な姿でお出迎えしましょう」と返事が返ってきた。

自分のことしか考えていなかったことに気付き、恥ずかしくなった。「ありがとう桜島」、なんだか晴れやかな気分になった。

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春のたより 第4話

 通勤途中の十字路、見慣れた風景、通勤時間、人通りも多い。「今日は今年一番の寒さだとニュースで言っていた」、行き交う人のはく息は白く、頬もピリピリと痛い。

この時期の楽しみは、暖かい缶コーヒーだ。カイロ代わりにもなり、飲めば体も温まる。

 

いつもの自販機の前に立つ、売り切れの表示、「今日はついていない」、他愛もないことで意気消沈する。他の自販機を探すため辺りを見渡す。

「あれ?こんな所に梅の木なんかあったんだ」、普段は気が付かず通り過ぎていた梅の木だ。「もうすぐ春がやってくるよ!」、誰かに耳元で囁かれたような気がした。

 

 周りには誰もいない。「空耳か?」、するとまた、「もうすぐ春が来るよ!」、また、聞こえた。梅の木を見ると小さな蕾がひとつ、またひとつ、枝の緑に顔を出し始めていた。

梅の木が春を告げているのだ、「早く来い、春よ来い」、春の訪れが待ち遠しくなった。

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湯煙の向う 第3話

銭湯にはよく行くが、昼の銭湯は初めてかもしれない。夜とは客層が大分違っている。日差しを遮りながらゆらゆらと湯煙が立ちのぼる。

「あぁ~良い湯だ」思わず声が出る。肩まで浸かり足を伸ばせる、これが家風呂との違いだ。広い湯船は心も体も開放できる。

 

ぼーとしなから辺りを見渡す、「夜と違って年寄りが多いなぁ」、数十年後の自分を思い浮かべる。「あーは、なりたくない」、腰が曲がり、やせ細り、皮と骨に、ゆっくりと死へ向かって衰えていく、人の一生って儚いものだ。

 

「そうでもないぞ、若い人!」、初老の老人が話しかけてきた。顔は湯煙でよく見えない。「思考を読んだぁ?」、不思議な感覚。

「人は何度でもこの世に生まれ変われて、成長し続けられるのだから」、うらやましいものだ。 「人はって、どう言う意味ですか?」、湯煙の向こうにもう誰もいない。

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狛犬とナポリタン 第2話

狛犬神社の斜め向かいでいつもランチを食べている。「今日の日替わりはナポリタンか」、ここのナポリタンはケチャップが濃いめで旨いと評判だ。

「マスター、日替わりでホットコーヒーね」、いつもの窓際の席で外を眺めていると小柄な白い犬が神社の方からやってくるのが見えた。

  

「お待ちどうさま」良い香りを漂わせたナポリタンがテーブルの上に。「ぐぅ~」腹の鳴る音が向かいの席から聞こえた。

 「おい、オレ様にその旨そうなモノを喰わせろ!」、犬がしゃべったのだ。一瞬何が起こっているのか理解できず思考が停止した。

「ごちそうさん、旨かったよ」、そう告げると、犬は目の前から忽然と姿を消した。

 

夢を見ていたのだろうか?会社へ帰る途中、神社の前を通ると、鳥居の向こうにある狛犬の口元にケチャップらしきモノが、「まさか!?そんなことが・・・」、狛犬の顔が少し微笑んでいるように見えた。

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狐の婿入り 第1話

午後の昼食時間になるとコーヒーを飲むのが僕の日課になっている。昼食時間も終わり、人の流れと客層が少し変わってくる。人間観察というか、これくらいの時間帯になると長居していても少々のことでは煙たがれることもない。店の外の人の流れを年季の入ったレストランと書かれた食堂の窓から眺めている。その人通りの中に、見慣れた人の顔があった「!!」。

 

 得意先相手と目があって「どうも」と会釈されてしまった。そんなことはいつものことだったが、いつもとちがうことがひとつだけあった。彼の首に白い狐が巻きついているのだ、今、僕がどんな顔をしているだろうか。その狐と目があわないように、「見えてません」「見えてません」そんな顔になっているのだろうか、狐に観察されているようで、顔が引きつる。

 

 後日の話、得意先の男性は老舗メーカーの社長に気に入られて婿養子となった。結婚式に呼ばれて出席した際には、もっと顔が引きつったが、幸せそうな顔、良い式だった。

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